11/30 行きはよいよい・・・

(今日は新曲の練習楽しみだな!)
そんな気持ちを抱いて一日が始まり、蒼天の下で車を走らせ練習会場へ向かっていると、TSUTAYAの前で救急車が止まっていました。何があったか分かりませんが、その手前で渋滞が発生しており、発声練習が終わる頃の到着となってしまいました。
でも新曲の練習に間に合ったから良しとしましょう。

今回は童歌『通りゃんせ』の練習。
この曲は団員Kさんによる編曲なのですが、なんと練習前日の夜中から取り掛かって完成させてしまったと聞き、団員一堂驚きでした!
音取りを終えた後もこの曲の練習に時間を割き、ひとまず当日参加していていたメンバーであれば人前で演奏できるくらいのレベルまで仕上げました。
これだけ急ピッチで編曲・練習したのには何か訳がありそうですね…もしかすると近々どこかで演奏するのかもしれません。
それはまたのお楽しみとして、今回は一回の練習でも集中して合わせれば案外仕上がるものだということを学びました。

時に、皆様はこの『通りゃんせ』を子供の時に聞きましたか?その時、どう感じましたか?
筆者はまだ小さかった時に祖母の友人が琴でこの曲を演奏しているのをよく聞いていました。二本の手を広く構えて弦を弾く姿を見ながら、琴の心地よい音色に聞きいっていたと思います。
ところが、歌詞が発覚するや否や再三聞き入っていたはずのこの曲に対してどことない恐怖感が芽生えました。
“行きはよいよい 帰りはこわい”という歌詞のせいですかね。
この“こわい”という言葉の解釈としては「疲れる」「恐ろしい」「困難である」という三つの説があるようですが、要するに意味もよく分からず聞いている子供にとって、マイナー調な曲は言葉ひとつだけで不安感を煽られることになるんですね。音楽とはそういう不思議なものです。(諸説ある解釈について気になった方は調べてみて下さい)

そんな思い出話はさておき、実は『通りゃんせ』の発祥の地は川越であるという説が現在一番有力なようで、名前のない合唱団が演奏するのに相応しい曲ではないかと勝手ながら思っております。
筆者は童歌というものを合唱ではあまり歌ってきませんでした。
最初は淳朴な詩に見えても、二度目には疑問が浮かぶ奥深さがあります。
事実、作詩者は不明で諸説解釈がある、そんな簡単そうで簡単でない詩に対して自分たちで共通の解釈をもち、どのように仕上げていくのか考えることもまた、四部合唱をする上での面白さであり、登龍門と言えるのでないでしょうか。

最後に余談ですが、練習の中で“とおしてくだしゃんせ”や“とおしゃせぬ”という言葉の最初の“T”の発音を大事にするという指摘がありました。子音の扱いについて指摘されること自体は合唱あるあるだと思います。しかしこの日はそれに留まらず、筆者が家に帰る途中で見かけた例のTSUTAYAのネオンの“T”の文字が見事に両方消え“SUAYA”になっており、改めて“T”の大切さを目の当たりにしたのでした(笑)

今週のブログ当番は、バスのS・Fさんにお願いしました。

先週のブログで、総会まで開いた上に、「ふるさとの四季」の練習って言っていたのに、なぜに「通りゃんせ」なのか? 
その答えは、ひ・み・つ♪
続報をお待ちください。

次回練習は
12/7(土)川越南公民館(JR線・東上線川越駅)18~21時
団長がお休みなので、あまり専門的な練習はできませんが、音はしっかり取っていきたいと思います。

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※当団常任指揮者、平田由布による不定期連載コラムページは第6回までと、特別編2本が公開されています。